テクノロジーの発展と障害児教育


1997年アメリカ合衆国個別障害者教育法(IDEA)第19回議会報告書

Nineteenth Annual Report to Congress on the Implementation of The Individuals with Disabilities Education Act.(IDEA)

  翻訳・監修 成田 滋 兵庫教育大学学校教育研究センター

  Email:naritas@ceser.hyogo-u.ac.jp

  更新 1998年1月27日

 

1997年アメリカ合衆国個別障害者教育法(IDEA)第19回議会報告書
1996年アメリカ合衆国個別障害者教育法(IDEA)第18回議会報告書
1995年アメリカ合衆国個別障害者教育法(IDEA)第17回議会報告書




はじめに

去10年、障害者の教育ニーズを満たすテクノロジーの発展は、目覚しいものがあります。この分野の研究プロジェクトは、主として連邦教育省障害児教育局の研究補助によって支援されてきました。障害児教育の研究者やソフトウエア・ディベロッパーは、テクノロジーが生徒の生活の質を劇的に高めることができるばかりでなく、複雑な学習環境へのアクセスが可能となることを明らかにしてきました。かっては困難だと考えられていたいろいろな挑戦は、障害のある生徒にも有益な成果がもたらされることが理解され、テクノロジーを利用することによって生徒は社会の成員としてより生産的な活動を行い、自立することができるようになってきました。こうした傾向についての総合的な分析や考察は、過去10年にわたりいろいろな障害者教育や福祉関連の研究者によってレビューされています。

重度の知的障害と肢体不自由生徒のテクノロジーの活用

クノロジーがいかに障害者の生活を目覚しく高めてきたか、についてのいくつかの事例は、研究者が重篤な知的な障害や肢体不自由の生徒のニーズに貢献してきたこととに表われています。ときに、障害者が日常生活で体験するいろいろな課題の解決方法は、その性質としては明らかにローテクを使っているかのようにみえます。

たとえば、鉛筆やはさみ、食器など日常生活のため特別に設計された品物は、すべてテクノロジーの産物ですが、こうしたものはローテクといわれています。こうした洋品を使った日常の解決方法は、生徒の訓練のために取り入れられ使われています。それによって生徒の自立生活へと導いてきました。

また別の生徒を例にとりますと、最新のより複雑な解決方法を必要とする場合もあります。研究者は、企業や軍隊だけで使われてきたテクノロジーを教育に応用することを考えてきました。音声認識や単語予測システム、仮想現実、エキスパート・システムなどがこれに該当します。こうしたテクノロジーは、過去10年でコストが急激に下がり、さまざまな目的に広く利用されるようになりました。

ユタ州立大学のHofmeisterらの研究者は、エキスパート・システムを開発し、教師や学校カウンセラーが生徒のさまざまな行動に対する応答を予測することを可能にしました(Hofmeister, Althouse, Likins, Morgan, Ferrara, Jenson, & Rollings, 1994)。このシステムによって教師は、軽度の障害のある生徒の歯ぎしりとか自傷行為などの問題行動の深層を記述できるばかりでなく、教師のスキルレベルに合った研究に基づく治療プログラムを開発することができます。このエキスパート・システムは、教師のスキルに会わせて必要な情報を出力してくれるので、教師が指導しきれない介入方法は提案しないようになっています。

過去、教師や養育者は行動上の問題に接したときは、複雑な手引きを探し、専門誌や文献の中から適切な介入方法を調べるというものでした。この作業は、時間がかかり効率が悪いといえます。ユタ州立大学が開発したエキスパート・システムは、問題行動に対応する適切な指導方法を短時間で特定し、生徒にかかわる指導者のために、有意義な情報をあわせて提供してくれるシステムです。(目次へ)

デラウエア大学の研究者らは、音声認識システムを使い、障害者のコミュニケーションを高めるのに役立てています(Brown & Cavalier, 1992)。音声認識は、一般にデスクトップ・コンピュータからのキーボード入力に代わる方法として使われます。この方法は、日常、身の回りにあるもの、たとえば電気製品を制御することにも使われます。特定の音声をコンピュータに登録して、使い方を訓練しておけば、かすかな音声しか出せない人でも、生活の環境を制御できます。次の事例は、音声認識を使った障害者の生活の様子です。 

 
          「Sueは重度の知的/脳性麻痺の障害者です。彼女にとっては、健常者がいとも
           簡単だと思っているものを使うことが大切です。彼女は、ベッドの中でテレ
          ビの劇映画を見ることが楽しみです。また、新車を紹介する自分の妹の写真
          とか、母親が飼い犬を水浴させたり、小さな従姉妹が台所で踊ることを見る
          のが大好きです。Sueは物の形が識別でき、人々にはほとんど理解しにくいの
          ですが、名前を呼んだり笑ったりして人々に働きかけることができます。
 
          最近、Sueは音声認識システムを使い、身の回り簡単なものを制御する方法を
          学びました。彼女は、いくつかの基本的な命令を学ぶことによって、ビデオ
          テープレコーダーやカセットテープデッキで自分の好きな物語を聞いていま
          す。またメッセージパッドからの音声を出したりもします。さらに、好きな
          カントリー・ウエスタンの放送局を選んでは音楽を楽しんでいます。
 
          施設のベッドで生活する者には、こうした出来事は大きな変化です。多くの施
          設職員は、入寮者の日常生活の質を高め、有意義な生活をおくるための工夫を
          することをほとんど諦めているからです。音声認識が導入されてから、施設職 
          員はSueの行動に変化が現れていることに気づいています。Sueは周りに応答 
          しています。職員は、Sueがもっともっと自分のことができるのではないかと
          考えています。こうした行動の変容によって彼女は、今では家族と近いところ
          で暮らすことができるようになり、なにかと制約の多い環境を改善しています。」
    
 

仮想現実テクノロジーや単語予測入力システムなどの応用は、テクノロジーが障害者の毎日の生活を根本から変えうることを示しています。オレゴン州ユージンにあるオレゴン研究所で行われた研究では、仮想現実の環境の中で実験が行われました(Inman, 1996)。これは、脳性麻痺の生徒が、いかにして車椅子に乗って狭い廊下を歩いたり、机や椅子を避けて、人込みの歩道を歩くけるかを学べるように、実際の世界で自分で探索できるようにするためです。仮想現実体験を肢体不自由者に利用する可能性は、周りの人々からかなりの練習やフィードバックを得ながら学ぶのに比べて、日常のさりげない作業を安全に行えることで有効であるといえます。 

単語予測プログラムは、普通学級で学ぶ身体障害者にとっては書くという日常の作業を容易にしてくれます。オレゴン大学で行われた最近の研究ですが、小児麻痺の小学5年生の生徒を対象に行われました(Todis, 印刷中)。この生徒は、以前は全くできなかった毎日の宿題を単語予測プログラムを使って、きちんとできるようになりました。この少女は、単語予測プログラムを使う前には、車椅子に取り付けられたラップトップコンピュータを使い、与えられた課題についてタイプを打つのに一本指でしかできませんでした。しかし、今はこの予測プログラムを使って単語の冒頭の文字を打つことができます。コンピュータは打ち込んだ文字で単語を綴ってくれるのです。この少女は、一生懸命単語をタイプしなくても、正しく単語を選ぶことができます。単語予測プログラムは、きちんと課題を約束の時間内に行うことを可能にしています。(目次へ) 

軽度障害児のテクノロジーの活用

習障害の生徒への適切は教育は、これまで20年あまり公教育の重要な課題の一つとなってきました。こうした生徒は、さまざまな教育環境で指導されています。学習障害の生徒は、一日の大半を普通学級で勉強します。注意欠陥障害、行動障害、軽度知的障害などの生徒にとっては、健常児と同じペースで基本的なスキルを獲得することは、長い時間のかかる難しい課題です。 

この10年間、いろいろなソフトウエアプログラムが開発され、また改良されてきました。障害児がより容易に学習できるためです。たとえば、より高度な算数を学ぶ前に、どのような生徒も獲得しなければならない大事なスキルは、算数の事実の習熟です。算数の掛け算用の九九の表が出来ていない多くの中学生がいることは、共通の心配の種です。こうした問題の大部分は、生徒はしばしば一度にたくさんの事実を学ばねばならないので、心理的に圧倒されてしまうことから生じます。短時間にたくさんの事実を暗記しなければならないので、生徒は指を使ったり、あてずっぽうでしたりして結局、問題と取り組むことを諦めることになるのです。

その解決方法として、障害児教育のためにテクノロジーの応用を研究するバンダビルト大学の研究者は、練習・演習教材を開発しています(Hasselbring, Goin, & Bransford, 1988)。このプログラムは、生徒の学力を前もって調べておき、次第に段階をあげて学習を進めるというものです。一度生徒が最初の段階を終えると、新しい課題がすでに学んだ課題とともに無作為に提示されます。コンピュータは、こうした指導の管理に実に適しています。同時に、絶えず一貫性をもってきちんと練習ができるように設計されています。こうして、それまでの授業では足りなかった時間を有効に使うこともできます。なお、このプログラムは市販されています。 

別な研究者は、語彙の学習に同じような手法を用いたプログラムを開発しています(Johnson, Gersten, & Carnine, 1987)。分数や位取り、割合などの練習のためにコンピュータとビデオディスクを統合したプログラムも開発されています(Moore & Carnine, 1989)。こうした教材を使って学ぶ生徒は、基本的なスキルの習得にめざましい上達を示しています。読解は学習障害のある多くの生徒には、最も難しい学習スキルです。フロリダ州立大学の研究者は次のことを明らかにしています。すなわち、コンピュータ上のテキスト、音声、映像、アニメなどの異なるメディアを駆使した課題提示方法は、学習障害の生徒が読み書きを学ぶ上で有効であるといういことです(Jones, Torgesen, & Sexton, 1987; Torgesen, Waters, Cohen, & Torgesen, 1988)。Torgesenらの研究では、コンピュータが合成音声を通して単語を読み上げる教材は、初歩の読みの練習としては生徒にわかりやすいことを指摘しています。

1990年代に入ると、いろいろな研究はコンピュータを使った学習が、教科書の理解のうえで有効な方法であることを実証しています。教科書の理解は、社会化や理科の教科書にでてくる大量の情報を理解するという意味でいつの時でも変わらぬ重要な課題です。 

広く流通している教材作成ツールがあります。Apple社のHyperCardもそうです。ネバダ州のラスベガス大学の研究者は、学習障害の生徒のために従来の印刷された教科書をより動的なものとする工夫をしています(Higgins & Boone, 1990)。HyperCardのようなツールは、ボタンと太字を使い、他のテキストや画像にリンクさせて提示するような仕掛けを作ることができます。この他の情報へのリンクという仕掛けは、アメリカの何百万の人々に使われ、現在はインターネットのブラウジング機能にも応用され、一つの情報から他の情報にアクセスできるという利用者にはとても便利な仕掛けとなっています。従来の教科書のHyperCard版ともいえるものを使い、生徒は「monument」という単語をクリックすることによってその定義を調べたり、Jefferson 記念碑の像を画面で見ることによって「monument」の意味を理解できるというわけです。同時に、正確な定義やテキストからリンクする画像も特定できるのです。この柔軟性を持ったオーサーリングツールを使った類似したプログラムも開発されています。このように伝統的なテキストベースの学習スタイルを変える学習教材が開発されています(MacArther & Haynes, 1995)。

生徒が中学生や高校生となりますと、学習する内容が必然的に複雑になります。生徒は短い論文を書いて、物語の解釈や歴史上の出来事を記述します。また生徒は、日常生活の脈絡で見られる数学上の概念を説明することが要求されます。こうした課題と取り組みながら情報社会に必要なリテラシーを獲得するためには、生徒は数学の事象に関すること、語彙の綴りや理解、完全な文章の作成などの基本的なスキルを学んでいく必要があります。(目次へ) 

学習障害の生徒に対するマルチメディア対応の指導、例えば歴史上の南北戦争、独立戦争、あるいは産業革命などのトピックに関する教材がデラウエア大学の研究者によって開発されています(Ferretti & Okola, 1996; Okolo & Ferretti, 印刷中)。学習障害の生徒は、伝統的な教科書から引用される膨大な量の名称、事実などの情報に接すると圧倒されます。こうした生徒は、視覚的な情報によって学ぶのが得意です。それゆえに、マルチメディアを使った教材の提示は、深いレベルの学習に適しているといえます。

研究者は、学習障害の生徒にアメリカの歴史を教えるのにCD-ROMなど、さまざまな情報源からどのように情報を収集するかを教えてきました。インターネットファイル、視聴覚教材による提示、その他のソースからいろいろな語彙や読解の理解に容易な方略を用いることができます。生徒はコンピュータ上で親和性の高い市販教材を使えます。そしていろいろな情報源から、テキストや映像を含むマルチメディア教材として構成することができます。生徒はそうした教材を作り、例えば、南北戦争に関して内容を討議したり、戦争の背景などを調べることによってマルチメディアプレゼンができるのです。障害児教育に関わる研究者は、単に教科書に記述してある事実に関することよりも、関連情報を総合し討論に耐える内容とするという生徒の学習スタイルに関心を持っています。関連情報の総合化と構造化は、生徒の学習意欲を学習動機を高めるのではないか、より高度の系統化した思考スキルは、どのようにしたら育成できるか、といった課題に関心があるのです。 

学習障害のある中学生や高校生が、やがて職場で必要とするスキルや知識の学習のために、ワシントン州にあるプジェ・サウンド大学の研究者は、数学と読解力の育成のための統合的な教授方法を開発しています(Woodward & Baxter, 1997)。このプロジェクトは、関連データの収集とその分析方法、発表に際して必要とされる口頭プレゼンテーションや小レポートのまとめ方、さらには他の人やグループ内で共同して研究するためのスキルを生徒に教えるものです。 

このプロジェクトは、数学の授業で分数、百分率、割合など職場での日常的な仕事で必要な数学概念の理解を支援しています。さらに、生徒は卓上計算機とスプレッドシートという職場で広く使われるツールの使い方を教わり、職場での課題の解決に生かします。生徒はさらに、調べ学習の成果を口頭で発表したり、表や図の入ったレポートを作成するスキルを学びます。このためには、たとえばMicrosoftWorksといった統合ソフトを使い、いろいろな作業をします。マイクロソフトも流通するソフトの使い方などで相談窓口を設け、こうした生徒のプロジェクトについて支援しています。 

要約

端テクノロジーベースの研究と開発には、これまで10年間にわたり連邦教育省の障害児教育局が研究費を提供し、さまざまな障害児のより望ましい教育の成果をもたらすために、また自立した生活ができるように支援しています。研究者も、重度の障害児のさまざまなニーズに対応するために、特別なアプリケーションや素朴なテクノロジーの応用を考案しています。そうしたテクノロジーの利用による障害の克服は、障害児の生活領域を広げ、自立を促し、コミュニケーションを高め、通常学級での学習を促進しています。

障害のある生徒の中で、学習障害、注意欠陥障害、行動障害、中度発達障害などの多くの生徒にとって、先端的なテクノロジー活用の指導は、基本スキルの習得やより高度の思考スキルの育成に貢献しています。テクノロジーは、時間と適切な課題練習レベルを提供してくれるとともに、生徒が困難を示す単語の綴り、初歩の読書、数学の基本などの学習で支援しています。生徒は、さらにいろいろなテクノロジーを活用して与えられた課題を解決したり複雑な宿題と取り組み、それを成し遂げることができます。将来は、より革新的なテクノロジー、特にマルチメディアのツールが開発され市場で広がり、それを使った研究は障害のある生徒の学習を支援し、教師がテクノロジーを利用して生徒を指導していくことをより可能にしていくと考えられます。(目次へ)

 

引用文献

Brown, C. & Cavalier, A. (1992) . Voice recognition technology and persons with severe mental retardation and severe physical impairment: Learning, response differentiation, and affect. Journal ofSpecial Education Technology, 11(4), 1 96-206. 

Ferretti, R. & Okolo, C. (1996). Authenticity in learning: Multimedia design projects in the social studies for students with disabilities. Journal of Learning Disabilities, 29(5), 450-460. 

Hasselbring, T.S., Goin, L.I., & Bransford, J.D. (1988). Developing math automatically in learning handicapped children: The role of computerized drill and practice. Focus on Exceptional Children, 20(6),1-7. 

Higgins, K. & Boone, K. (1990). Hypertext computer study guides and the social studies achievement of students with learning disabilities, remedial students, and regular education students. Journal of Learning Disabilities, 23, 529-540. 

Higgins, K. & Boone, K. (1991). Hypermedia CAI: A supplement to an elementary school basal reader program. Jounal of Special Education Technolpgy, 11(1), 1-15. 

Hofmeister, A., Althouse, R., Likins, M., Morgan, D., Ferrara, J., Jenson, W., & Rollins, E. (1994). SMH.PAL: An expert system for identifying treatment procedures in students with severe disabilities. Exceptional Childrer, 61(2), 174-181.

Inman, D. (1996). Virtual realtty training students wtth physical disabilites. Paper presented at the Technology, Educational Media, and Materials Program Cross-Project Meeting, Washington, DC.

Johnson, G., Gersten, R., & Carnine, D. (1987). Effects of instructional design variables on vocabulary acquisition of LD students: A study of computer-assisted instruction. Journal of Learning Disabilities, 20(4), 206-213.

Jones, K.M., Torgesen, J.K., & Sexton, M.A. (1987). Using computer guided practice to increase decoding fluency in learning disabled children: A study using the Hint and Hunt I program. Journal of Learning Disabilities, 20(2), 122-128.

MacArthur, C. & Haynes, J. (1995). Student assistant for learning from text (SAIJT): A hypennedia reading aid. Joumal of Learning Disabilities, 28(3),150-159.

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