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    序論

    1. 問題の所在                     


    論文の書き出しは、通常研究で取り上げる背景となった課題に焦点をあてます。
    言い換えますと、どうして研究に至ったかなどの背景や理由を記述することで
    す。読者はそれを知りたいものです。研究には次のような背景が必ずあるもの
    です。すなわち1) 研究の主たる焦点はなにか、2) 研究上の仮説や実験計画は、
    研究課題とどのようにつながるのか、3) 研究上の理論的特徴とはなにか、また
    その研究と先行研究との関連はなにかといったことです。

    序論における冒頭の文章は、以上のような事柄や課題に対応した内容が含まれる
    べきです。そのことによって読者に研究への関心と研究課題の重要さのようなも
    のを感じとらせることができます。研究課題は、先行研究の延長で生まれるのも
    ですから、インパクトのある重要な研究を当然知っておかねばなりません。序論
    においては、先行研究を一つ一つ解説する必要はありません。引用する先行研究
    は、代表的な研究だけを簡潔にまとめます。研究上で対立していたり、議論され
    ているような見解も紹介します。この箇所では、まだ自分の立場の見解を述べる
    必要はありません。以下、例をあげて問題の所在の表し方を説明していきます。


    問題の所在の例 その1:     近年、日本においても、障害者が地域の一員として生活し、社会に参加していく     ことに対して、世論の関心が高まっている。地域社会での生活に関するスキルの     一つに「買物」があるが、買物は、社会的自立のために必要なスキルというだけ     でなく(Snell and Browder, 1987)、年齢相応な余暇活動としての側面があると     考えられる。例えば小林(1992)は、約200名の青年期・成人期自閉症者を対象に     余暇活動の調査を行っているが、対象者の約15.3%が買物を余暇活動の一つとし     てあげており、余暇活動のスキルを習得するためのプログラムの必要性を指摘し     ている。     一方、応用行動分析学においては、買物スキル形成のための訓練方法の検討が行わ     れており(渡部・山本・小林, 1990; McDonelland Ferguson, 1988; McDonell,     1987)、自閉症や中・重度の精神発達遅滞児・者に対しても、より確実な般化をも     たらす訓練方法が開発されてきている。しかしながら、これらの訓練により獲得さ     れたスキルが、より自然な随伴性によって維持されていくことや(渡部,1990)、生     徒のライフスタイルにどのような影響を与えたかという問題(志賀, 1990)について     は、その重要性が指摘されながらも、具体的な結果に基づいた検討はなされていな     い。     引用: 自閉症生徒の買い物指導と日常生活における般化および維持に関する検討         菅野千晶 羽鳥裕子 井上雅彦 小林重雄 特殊教育学研究, 33(3), 33-38,       1995.     改良すべき点: 1. 「具体的な結果に基づいた検討はなされていない」の内容が把握しにくい。
    問題の所在の例 その2:     大人の手を道具のように用いて欲求を達成しようとする、いわゆる「クレーン行動」     は、自閉症の臨床で古くから注目され、自閉症児の行動特徴の1つとして記述されてき     た。しかし、現象としてよく知られているわりに、クレーン行動に関するまとまった     研究は少なく、その定義や行動の詳細は必ずしも明確ではない。また、これまで、自     閉症児に特徴的という点が強調されてきたこともあって、これに類似した行動が健常     乳幼児にも見られることは、教育や保育の現場では意外に知られていない。     引用: 発達障害児の「クレーン行動」に関する一考察--文献の展望と行動の観察例から-         花熊 暁 赤松真理 特殊教育学研究, 33(3), 53-61, 1995.

    改良すべき点:     1. 「現象としてよく知られているわりに」といっても読者にはこの文脈はわかりに       くい。     2. クレーン行動に関する先行研究はいくつかあるはずであるから、それを引用すべき       である。


    問題の所在の例 その3:     読字行動は、他の言語行動とともに、我々人間が家庭、学校及び社会生活を営む上で、     必要不可欠のものである。そのため、精神遅滞児養護学校や小・中学校の精神遅滞児     特殊学級においても、教師は、例えば、さまざまなフラッシュカードを作成して用い     たり、教師が読んでみせたあと、それを繰り返し児童に模倣させる等、その指導に種々     の工夫をこらし、努カを重ねてきている。しかしながら、従来、それらの指導は読字     行動を獲得させるためには、必ずしも、適切かつ有効であったとは言い難い。     引用: 精神遅滞児における同時視覚-視覚見本合わせ法による読字行動の獲得         鶴巻正子 特殊教育学研究, 32(4), 39-47, 1995.

    改良すべき点:     1. 問題の提起としては、わかりやすいが、句読点が多すぎる。     2. 指導が適切で有効であったかどうかの先行研究の引用が必要である。


    問題の所在の例 その4:     ノーマライゼーション思潮の浸透、地域福祉の推進等により、精神遅滞児(者)が地域社会     で暮らし、健常児(者)と接する機会が今後ますます多くなってくるだろう。     精神遅滞児(者)が地域生活を営むためには、身辺処理、運動、コミュニケーション、     自己統制などに関しての彼ら自身の能力、親や教育・福祉関係者の援助、精神遅滞児(者)     に対する一般市民・地域住民の理解ある態度などが必要になってくる。より円滑な社会     参加を推進するためには、精神遅滞者や関係者の努力だけでは限界があり、地域住民の     理解を得る努カが重要となってくる。精神遅滞児(者)に対する一般社会の人々の態度を     無視しては、彼らの社会参加を推進することは困難である。     引用: 精神遅滞児(者)に対する健常者の態度に関する多次元的研究--態度と接触経験、         性、知識との関係--         生川善雄 特殊教育学研究, 32(4), 11-19, 1995.

    改良すべき点:     1. 冒頭のパラグラフが未来形で表記されているため、読者に与えるインパクトが弱くなっ     ている。ノーマライゼーション思潮は広く受け入れられているから、ここでは現在形で表     記すべきところである。     2. 精神遅滞児(者)は「精神遅滞者」で統一してよい。


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