06/11/2001
 
 
クリティカル・シンキングとは何か? 
どうやって伸ばすのか?
ゲスト/原稿作成 宮元博章(兵庫教育大学教育基礎講座)

担当 成田 滋(兵庫教育大学学校教育 研究センター・情報処理センター)

  

★クリティカル・シンキングとは何か?
 Critical Thinking(CT) 批判的思考 
   −−ものごとを鵜呑みにせず,自分の頭で,しかも,きちんしたやり方で考えること−−
  これが重要だということは誰でも知っているし,多くの教育関係者が主張している。
  問題は,それが具体的にはどのような考え方なのかを明示し,どうすればそれが可能かを
  考えること。

  「情報の活用」ということに関連づけて言えば,「メディア・リテラシー」の中核的要素。
  また,「異文化理解」「環境教育」「福祉」等の「総合的な学習」の主要な柱にも適用可能。

★クリティカルという言葉の語源
  クリティコス(ギリシャ語:分ける,決める)
  クリティカル
     (1)批評,批判 
     (2)揚げ足取り,ケチ付け(ネガティブな意味での批判)
     (3)重大な,決定的な 
     (4)臨界の    
    クライテリオン−−診断,分類の基準 
 ・狭い意味でのクリティカル・シンキング−−論理的な思考
 ・広い意味でのCT−−合理的,生産的,バランスの取れた考え方(創造的思考の要素を含む)

★クリティカル・シンキングの3要素 
  知識・技術・態度  :3者の相互関係 
  統合概念としてのメタ認知の重視(メタ認知的知識とメタ認知的コントロール)
 ・「技術(スキル)」重視という発想の大切さ−−態度(傾性・パーソナリティ)の要素も
   スキルの学習と習慣づけによる行動形成を通して育成する。 

★クリティカル・シンキングの概念
   明確な定義はなく,分野によって異なる。
 ・国語的CT,理科的CT,社会科的CT,生活科的CT,etc. 
  (国語(言語)教育におけるCTの歴史(主にアメリカ)は,井上尚美 (1998)が詳しい。
 ・ Ennis(1987)の一般的定義:何を信じ,何をすべきかの判断のための,合理的な反省的
  思考(reflective thinking : J.デューイの影響が大)
 ・ Smith(1994)の心理学者的発想からの定義:先入観を排し,証拠を集め,仮説を慎重に考慮,
  評価して結論に達しようとする,論理的かつ合理的な過程
 ・現時点での宮元の定義:適切な根拠(事実,理論等)を基にし,妥当な推論過程を経て,結論・
  判断を導き出す思考過程,あるいは,所与の議論・主張について,その根拠や推論過程の
  適切さを吟味する思考過程である。
  また,その思考過程は,高度に意識的,主体的なものであることを特徴とする。

 宮元のCTモデル(図1)とCTにおいて要求される知的作業

(1) 「事実」と推論や解釈の結果である「意見」を区別すること。
(2) 根拠としての「事実」が本当に信頼できる事実なのか,また,全体をよく代表した事実なのか
  を検討すること。
(3) 「推論」は妥当な論理を踏まえているか,歪んでいないか,また,他の説明の可能性はないか
  を検討すること。
(4) 「結論」について,問題・目的からみた妥当性,現実性,有用性を検討すること。
(5) これらの検討過程(思考プロセス)に対し,種々の心理的要因(思考のバイアスや,状況的
  要因等)が影響を及ぼしている可能性について自覚を持つこと。 

★クリティカル・シンキングに対する心理学からのアプローチ 
「心理学は単にその事実の集積だけではなく,世界に対する問いの立て方でもある。」
                        (Wade 1997,)
 ・心理学的なCTの特徴 

  ◇論理学的(言語的)的CT:より規範理論的(妥当な考え方はどうあるべきか)
      対象は主に言語材料
    ↑  
    この対置はあくまで相対的 
    ↓  
  ◇心理学的CT:より記述理論的(人間はどう考えがちか)
      対象は言説,データ,日常生活での観察,印象,行動等様々

 ・なぜ,心理学とクリティカル・シンキングが結びつくのか? 
  ◇明の側面:心理学は科学的方法論を基盤とする/
    人間の認識過程についての豊富な知見/心理学の多様性(雑多性)/
    人の日常の思考と行動が研究対象 
  ◇暗の側面:心理学の怪しさ(マスコミに流される単純化された心理学,
    独断的な解釈や仮説,統計の誤用は専門的な研究の中にも容易に入り込んでくる)

 ・クリティカル・シンキングのための8つのガイドライン (Wade,1995;1997)
 (1) 疑問を持つ
 (2) 問題を定義する
 (3) 証拠を検討する
 (4) バイアスと仮定を分析する
 (5) 感情的な推論を避ける
 (6) 過度に単純化しない
 (7) 他の解釈も検討する
 (8) 不確かさに耐える 

 ・クリティカル・シンカーの思考の7つの特徴(Smith,1994)
  (1) 柔軟,多面的な視点で考える
  (2) 人間のバイアスや仮定を認識している
  (3) 懐疑主義的な態度を保つ
  (4) 事実と意見を区別する
  (5) 過度な単純化はしない
  (6) 論理的な推論過程を踏む
  (7) 根拠を吟味する

 ・クリティカルに考えるために,また,考えさせるために必要な要素は?
  (1) 題材が必要(各教科,日常の問題,メディアの材料)
  (2) 考えるための基礎知識が必要
  (3) 考えるための基礎的な型(思考法)が必要
  (4) 人間の認識に関する知識が必要
  (5) 練習と習慣化が必要(発問リスト等)−−−少なくとも最初は。
  (6) 動機づけ,強化(報酬)が必要 −−行動形成の発想を取り入れる

★教育現場におけるクリティカル・シンキング 
  ・生徒にとってのCT
  (1) 学習のためのCT(メタ認知,スキーマの積極的利用,主体的な学習)
  (2) 多様な価値・文化,大量の情報,急激な変化を遂げる現代社会の中で生きる力,考える
    力を育成するためのCT−−社会的なCT 
   問題:知識・世界についての「基本的枠組みの獲得」という課題と,「枠組みを疑う」
   という課題との兼ね合いの問題。また,正しい解(正しい解法)の"ある"問題と
   "ない"問題の別と,それに対するアプローチをどの段階からどの程度導入すればよいか?

  ・教師にとってのCT
    (1) 効率的な理解と学習,生徒の自発的思考を助けるための,認知的側面について注意を
   喚起するものとしてのCT
    (2) 生徒理解,生徒評価における歪みの可能性,また,教室内の種々の問題の理解と解決
   のためのCT 

★クリティカル・シンキングに対する反発と誤解に対して
・知に偏重,屁理屈ばかり
  →「知」と「情」を対置させる安易な2分法を再度検討しなければならない
        (Warm Heart & Cool Brainという発想)
・いつでもCTは出来ない。全てを疑ってたら生きていけない。
 (1) 適切な文脈でCTを発動させる「メタ・CT」が必要。−−この研究が必要
 (2) マイルドで,プラグマティックな懐疑主義
 (3) 他者に対する批判よりも,むしろ自己の思考のあり方の反省
 (4) 「何でもわかるようになる,騙されないようになる」という姿勢ではなく,エラーから
   学ぶ姿勢に立つ。
 (5) 価値的命題と科学的命題(広い意味での「科学」)の区別

・『クリティカル進化(シンカー)論』における道田・宮元のアプローチ 
  (1) なぜ4コママンガを使ったのか?
    興味・動機づけを高める/具体的実例が概念の理解を助ける/日常生活への
    適用(般化)を促進/短く使いやすい/ 記憶に残りやすい
  (2) なぜ,ギャグ(ユーモア)がよいのか?
    視点の相対化,自由な移動/思考の堅い枠や矛盾に対する「気づき」の手本/
    人の陥りやすい思考エラーのパターンの宝庫
  (3) 欠点は?
    単純すぎる/断片的すぎる/一面的すぎる/人によって解釈が違う/軽すぎて
    「あるあるある」で終わり
     → 文章によるきちんとした枠組みの形成と理論づけが重要

 
 
参考図書(推薦図書を含む)

・クリティカル進化(シンカー)論 道田泰司・宮元博章(著) 秋月りす (漫画) 北大路書房, 1999 
・クリティカルシンキング《入門篇》 ゼックミスタ ・ジョンソン(著)  宮元他(訳) 北大路書房,1996 
・クリティカルシンキング《実践篇》 ゼックミスタ・ジョンソン(著)  宮元他(訳) 北大路書房,1997 
・思考力育成への方略 −メタ認知・自己学習・ 言語論理− 井上尚美 明治図書,1998
・超常現象をなぜ信じるのか 菊池 聡(著) 講談社ブルーバックス, 1998
・人間 この信じやすきもの ギロビッチ(著) 守・守(訳) 新曜社, 1993
・知的複眼思考法 苅谷剛彦(著) 講談社,1996
・Taking Sides: Critical Thinking for Speech, Discussion and Debate(英語で語る日本の争点−クリティカルシンキングのすすめ−) 茂木秀昭・ 鈴木克義・Stephen Hesse著 金星堂,2000(ただし,これは大学の一般教育用の英語テキストなので,特別に発注が必要)
・市民のための環境学入門 安井至(著) 丸善ライブラリー, 1998
・統計でウソをつく法 ハフ(著) 高木(訳) 講談社ブルーバックス, 1968

その他,私の手元にはCritical Thinkingの各種テキストや学校教育における思考教育に関する文献がいくつかあります(ただし,今のところほとんど英語文献)。興味のある方は宮元の研究室(教育・言語・社会棟503)まで。