![]() |
左党の天国
兵庫県には140の酒造会社があり,年間30万klの清酒を生産している。これは全国の生産量の約30%に当たり日本一である。酒造用には年間約55万6千tの米が原料として使用されるが,この内いわゆる酒米と称される酒造好適米は9万3千t程度を占め,主として酒質に最も影響する「麹米」およぴ「酒母米(もと米)」として使用されている。本県の酒造好適米の作付面積は7,153ha(平成5年)で全国の約38%に当たる。酒造用にはこのほかに「掛米」として普通一般米が多く用いられる。ちなみに兵庫県産の自主流通米は20%が酒造好適米,さらに20%が酒造用一般米で,10万tからの自主流通米の内の40%以上のものを酒にしているのである。
県下では特に瀬戸内地方の灘で酒づくりが盛んであるが,ここでは,米,水,技術の3つの条件が揃っていたという背景がある。まず,灘に隣接する播磨地方は古くから良質な米を産していた。水は,六甲山の花崗岩を通って酒造用として理想的な内容成分となった伏流水が灘の沿岸で水脈を形成している。「宮水」と呼ばれ,いまだに神秘的な水である。
3つ目は,丹波杜氏と呼ばれる技術集団と灘の北にそぴえる六甲山系の山々から流れ落ちる豊富な水を利用した水車による精米技術である。このような立地条件に恵まれ,18世紀の終わり頃には灘三郷が酒の産地として発展し,現在では,西宮から神戸市灘区にいたる沿岸地帯か灘五郷とよばれる産地となっている。ここでは52社,71の酒蔵が建ち並ぴ,昔のままの木造の酒蔵などが白亜の酒蔵や近代的な工場群に混じって独特のおもむきのある風景を作っている。資料館などもあちこちに開放されており,格好の観光コースになっている。県下には灘の他に約90の酒造会社があり,各地でそれぞれの個l生を競いあっている。まさに左党の天国と言えよう。
●たわわに稔る「山田錦」
●「山田錦」が積み上げられた農協の倉庫
兵庫の三錦
兵庫県は,北は日本海,南は瀬戸内海に面し,地域により気候,土壌条件が大きく異なる。したがって,酒米の品種も,地域区分して作付けしている。「山田錦」は,六甲山北西部の内陸部で現在4,550haで栽培されている。県北部では,主に「兵庫北錦」(l,169ha)や「五百万石」(627ha),「たかね錦」(266ha)か栽培されている。県西部では平成5年に奨励品種に採用した「兵庫夢錦」が151haから面積を急速に拡大しつつある。このように本県育成の「山田錦」「兵庫北錦」「兵庫夢錦」の“兵庫の三錦”を適地に配し,酒造会社と連携をとって契約栽培を進めている。
「山田錦」の物語
‘灘の酒”“兵庫の酒”の名声を不動にしているのが何といっても「山田錦」。
大正12年,兵庫県立農事試験場において「山田穂」を母,「短稈渡船」を父として人工交配を行ない,昭和3年加東郡社町に新設された酒造米試験地(現在の酒米試験地)に移されて産地適応性がテストされ,その結果,昭和11年「山田錦」と命名されて本県の奨励品種となった。人工交配は西海重次が担当し,多くの枝術者が選抜固定にたずさわり,藤川禎次が16年間に及んで現地試験と普及活動を行なったと記録されている。
「山田錦」の適地とされる所は吉川町,三木市,東条町,社町あたりで,全層がモンモリロナイトを主体とする粘質土,かつ地形的には山間,山麓または盆地となっている。なかでも東西に開けた中山間の谷あいや盆地では,夏季の気温日較差が10℃以上に達し,米の登熟や心白の発現のよい,特に良質な「山田錦」を生産している。
「山田錦」はお母さんの「山田穂」がすばらしかったのか,「山田穂」の生い立ちにまつわる3つの伝説が残されている。1つは神戸の山田村(今の北区山田町)で,2つ目は吉川町で,それぞれ伊勢詣でなどの折に他の場所(伊勢山田等)で見つけた種籾を持ち帰って育てたというものである。3つ目は中町の篤農家,山田勢三郎が明治10年頃自作田で見つけたとする説。どこが発祥の地か,今となってははっきりしないが,ちょっと日本昔話のようで楽しい。それにしてもなぜ,「山田錦」が超ロングラン品種なのか。
酒米は一般に食べる米と異なり,いくつかの酒造適性が要求される。まず大粒であること。心白が鮮明に中央にあること。この2点は精米の効率等に関係しており,また心白は麹菌のはぜ込みに関わる。3つ目がたんぱく質が少ないこと。たんぱく質含量が高いと,造った清酒のアミノ酸含量も高くなり,雑味が生じたり,日光によって着色しやすくなったりする。「山田錦」は千粒種が27〜28gと大粒で,80%ほどの粒で心白が見られ,また横断面の心白の形状も線条の一文宇形で高度精白に適した形質を持っている。また,たんぱく質含量は玄米で6〜7%,75%精白米で5〜6%と,遣伝的に低く,産地においてはたんぱく質含量が上がらないよう,施肥管理,特に後期の実肥などは控えて良質化に気を配っている。
「山田錦」で造った酒は,のど越しが端麗で,香りがよく,また,貯蔵酒と言われる長期間寝かす酒にしても味に奥行きが出てくる。品評会で入賞を狙うには「山田錦」でなければとも言われる。杜氏さんの慣れや「よい酒米だ,高い米を買い整えてくれた」という先入観,社長と技術者の信頼関係,意気込みなども多分に影響しているであろうが,多くの酒造家からは,それだけではなく品種本来の特質としてやっぱり「山田錦」は違うと言われる。神秘的な品種である。分析技術の発達した現在,これからの品種改良の際の目標として,「山田錦」の内容成分等について調査を始めたところである。
さて,近年,清酒のイメージが少し変わりつつある。以前の級別の区分が廃止された新たに製法品質表示基準が設けられて,特定名称酒が定められた。吟醸酒,大吟醸酒,純米酒等である。量より質で,年々特定名称酒が増加している。瓶の片隅のラベルに写真のような記事が書かれているのに気づかれた方も多いであろう。消費者にとってはこれが,清酒の品質を見分ける手がかりになるもので,酒造家はブランド名としての「山田錦」にこだわり,またより端麗に,より香り高い酒にと,精米歩合をさげていく傾向にある。大吟醸酒では35%程度まで精白するものもある。数宇にとらわれすぎてもどうかと思うが,高度精白にも「山田錦」は粒大や心白の形状の点から適しており,まだまだ「山田錦」は珍重されていくと予想される。
「山田錦」の栽培の要点
栽培面でも,収量以外に心白の発現を促すこと,粒を大きくすること,たんぱく質含量を低く抑えることの3点に目標が置かれる。心白の発現は自然交雑により少なくなる傾向があるので種子の更新は重要である。また,施肥管埋は,心白の発現やたんぱく質含量に大きく影響するので,登熟に不足しないよう,かつ後期の窒素は控える等細心の注意を要する。また,「山田錦」は長稈(約110cm)で倒伏しやすく,いもち病などの耐病性も小さいので,過緊茂にならないよう施肥には十分な配慮が必要である。平成5年度は低温,多雨の影響で全国的にいもち病の被害が多かったが,「山田錦」の被害程度は予想に反してきわめて少なかった。これは弱い品種であるとの認識が徹底しており,大半の「山田錦」で粒剤の箱施用等による初期防除がなされていた結果であろう。一方,6月下句頃に行なうヒメトビウンカの薬剤防除が雨のためできずに後期に縞葉枯病の被害が目だった圃場が見受けられた。また,近年,あちこちでニカメイチュウの被害が報告されている。まだ被害程度はわずかではあるが,越冬できる大きな個体は稈の太い「山田錦」に多いとの報告があり,今後注意が必要である。収穫前の水管埋は粒の肥大に大きく影響し,ひいては収量,品質にかかわるので,粘質土壌を考慮に入れながらできるだけ落水を早めないことも大切である。
さあ,こんなお話,酒の肴になったでしょうか?。「山田錦」のお酒にまあ一杯!。
●連絡先
◎制作:酒米試験地 研究員 世古晴美
◎編集:兵庫教育大学院生 曽根秀樹