特別研究報告書「教科学習に特異な困難を示す自動・生徒の類型化と指導法の研究」 1995年7月、国立特殊教育総合研究所 pp. 60-69. アメリカ合衆国における学習障害の歴史的経緯と現在の課題 成田 滋 アメリカにおける学習障害の研究と実践を振り返るとき、その当初から「一体、学習障害とは何か?」 について盛んに論議されてきた経緯があることがわかる。はじめに物事を定義することは、研究や実践 を特定するために必要であると考えられてきたからである。以上のような観点から、これまでさまざま な学習障害に関する定義が提案され論議されてきた。そうした過程から、学習障害の定義は二つの方向 へ落ちついていったと考えられる。第一の定義は理論的な定義で、学習障害とその分野が拠って立つ枠 組みを設定する考え方である。第二の定義は、理論の操作主義的な定義のことである。この定義によっ て学習障害の生徒を特定するためのガイドラインが作られるという考え方を導いていく。  以上の二つに収束されていった定義は、一方は官から、他方は民から提唱されているという興味ある 図式をとっている。すなわち、第一は、1977年に連邦政府教育省が策定した定義であり、第二は、 1988年に全米学習障害協議会(National Joint Committee on Learning Disabilities: NJCLD)が 採用した定義である。前者は、学習障害児の教育プログラムを支える法制的な根拠となっており、今後 も引き続き採用されていくと考えられる。後者の定義は、全米学習障害協議会によって規定された経緯 もあって、研究者、民間団体、親のグループなどによって支持されている。いずれにせよ、今後新たな 定義が作られるとすれば、発達上の規準を強調した色彩が濃くなると考えられ、操作的な定義になると 予想される。しかし、今は新たに学習障害の定義をうんぬんする状況ではないといえる。 アメリカにおける学習障害の研究と実践をいくつかの論点から考察してきた。アメリカ社会は、急速に 変容を遂げている。子どもたちは、もはやかつてのような典型的な白人で経済的に豊かで、英語を十分 話せる子どもばかりではなくなっている。5人に1人の子どもが貧困家庭からきており、14%の子ども は非英語圏の家族からきている。25%の子どもは黒人、ヒスパニック、東洋系である。 障害児教育を受ける子どもの中で学習障害というカテゴリーでくくられたのは1977年で25%であった のが、1992年では51.3%まで上昇している(U.S. Department of Education, 1993)。この理由には、 精神薄弱を含めて障害の定義についての曖昧さも影響してはいるが、1980年代から1990年代にかけて アメリカの子どもの構成が変化していることを示す。少数民族出身で非英語圏からの子弟への英語によ る読み・書き・算数の指導教育が今や必須の課題である。多様な民族の集合体としてのアメリカは、初 等中等教育において、多文化啓蒙教育も含め学習に困難を示す子どもへの教育にこれからも力を注がね ばらならないといえる。 アメリカにおける学習障害の経緯を考察すると、当初の「一体、学習障害とはなにか?」についての論 議は、やがて「効果的な指導法はなにか?」に移り、今日では「指導によってどのような教育成果が子 どもに現れているか?」という話題に移行している(Ysseldyke, Thurlow, & Bruininks, 1992)。今 後、学習障害を含めて、初等中等教育にかかわる研究者も教育行政官も教員もこのような問いを等しく 受けることは確実な情勢となりつつある。