1.はじめに

 精神遅滞、重複障害(精神遅滞と聴覚障害、精神遅滞と自閉
的傾向、精神遅滞と視覚障害)を持つといわれる歴年齢15歳
以上の生徒とかかわって、私は10余年になります。その間いろ
いろな経緯があって、コンピュータに接するようになりました。
初めの頃は4種類のコンピュータを使っていましたが、数年前
よりMacが仲間に加わりました。「ことば」(スピーチ&ランゲージ)を伸ばすことを
 主な目的として、毎週2回(約40分ずつ1対1、2対
 1で)遊びと学習(学校では養護・訓練とよんでいま
 す)を指導してきました。
   Macの環境では、「遊んでいるうちに勉強になって
 いるのだ」という感覚をどの人も味わえるようになっ
 てくれました。その中の幾つかの事例と<本人+家族
 +教師>が共に育ちあった共育(トモソダチ=キョウ
 イクという造語)場面の一部を報告いたします。


2.「遊んでいたら勉強になっちゃった--勉強ってオモロイナ!」

 1) 市販のソフトから音、音声を取り出して教材にすること
  (1) 「この子は記憶がダメなんです。言葉もつじつまが合わないんです」といわれ
   て半年、私は受持ちの宮田くんと楽しい楽しい時を過ごしていました。お母さん
   から「中学の特殊学級の同窓会で達三の話がよくわかるようになったって他のお
   母さん達にいわれました。質問まで出たんですよ。」
   「でも記憶はやっぱり...」という言葉をきいておりまし
   た。
    そこで次のような学習の様子をお伝えしました。
    図は、<ランドセル>という教材ソフトの中の算数の
   勉強の時間です。答えが正しいと、猫ちゃんがすごく高
   い声で「オーケエイイー」とおヘソまるだしで答えます。
   私も真似して「オー」と返してやります。あきれた表情
   だった宮田くんまで「オーケイー、やった!」とすっか
   り猫ちゃんが好きになっていました。その彼が風邪で2
   週間ほど休んだ後のことです。この場面から猫の音声の
   みを取り出して図にあるような"OK1"というアイコン
   を作っておきました。図を見て「エッ?ナン?ヤ?」。
   そこで「OK1をクリックしてみて」と指示します。する
   と「ウウワアー!アレヤ、ウン、アレヤ センセ(先生
   )」と言って左手を斜上に伸ばして私をじいっと見つめ
   るのです。2週間前の図の場面の記憶が映像と音声とし
   て彼の頭にはっきりと再現されているものと私には推測
   出来ました。記憶がダメだのナイだのというような大人
   の軽々しい評価こそが障害のある人達に自信を持たせな
   いようにしているのではないかと感じたものでした。お
   母さんやお兄さんは、これ以来次々と達三君のすばらし
   いところを見つけだして指導されています。
  (2) 藤田さんの一音一音の発音は比較的きれいでした。ただ恥ずかしがり屋のとこ
   ろもあり、「ことば」として自分から発語するのは苦手のようでした。しかし、
   1学期の中頃には自分の好きな教材ソフトを選ぶようになっていました。それら
 は<PlayRoom>と<ランドセル>というソフトでした。特に
 ランドセルの中の若い女の先生が好きだと指差しをしながら
 「シュキ(好き)」といって興奮します。このやさしい先生を
 見て「ヤサシイテンテ(優しい先生)」と言います。しかし、
 その優しい先生が、おもちゃで遊びだす子に怖い表情で「オモ
 チャヲ、カタズケナサイ!」と叱る場面があります。この場面
 を気に入っていて何回もマウスをクリックしては私にも真似て
 欲しいというサインを送ったりするのです。さて1学期の終わ
   り頃、音声のみを聞き取った彼女は体中で笑いだして私を見ながら「オモチャ--
   カタジュケエエ--サイ!」と言いました。この頃お母さんから家でもはっきりし
   た言葉が増えてきた、という嬉しい報告が届きました。
 2)一般向きソフトを活用して教材づくりをする
  (1) あるとき、「エエ?!今、なんて いったの?」ときくと、智子さんはハッと
   したように口に手をやり、それから私に視線をむけて「トモコ」と答えました。
   その発音の美しさに智子さんと私はしばらく目と目を合わせたままでした。この
   感激の TOMOKOの場面を作ってくれたのは<ワラビー>です。これはコンピュ
   ータの画面を飾って楽しむためのソフトです。このソフトを活用してMacを開く
   と、ウインドウにジワジワアアッと映像が出てくるようにしておきました。その
   映像は智子さんはまだ見ていない遠足の時のバスの中での仲良しの友達と一緒に
   映っている写真です。
   古家智子さんは、難聴(両側性感音性難聴/85dB)との重複障害と心臓などの手術
   にも耐えて状況判断をしながら友達をいたわる心のある生徒です。注視・傾聴、
   発声・発音・発語・発話(声を届けよう、息を届けよう)、数-量-形、人や物へ
   の思いやりを毎時間の課題として学習していました。智子さんは「ア〜イ、オ 」
   といました。こんなにも美しいTOMOKOを聞けるのは教師の冥利につきます。お
   母さんから「久しぶりに会ったおじいさんとおばあさんが、智子の言葉がはっき
   りしているってびっくりしていました。」などというお言葉をいただいたことも
   あります。私は内心「マア、コンナトコロカナ」などとちょっといい気持ちにな
   ります。そんな時は「もうMacなどと申しますまい、Macさま、いえいえ
   Macintoshさま」なんていう気持ちになったものでした。
  (2) 顔をクシャクシャにして笑っている岡野さんと私の映像(写真)がウインドウに
   ジワジワッと出てくると、もうその驚きと恥ずかしいような感覚をどのように表
   現したらよいのか戸惑っているように、体中をクシャクシャにしながら私の肩を
   ポンポンポンとたたくのです。実のところ私自身も一寸恥ずかしい気分でしたか
   ら、その感覚が増幅されたようでもう大変な騒ぎとなりました。さてこの騒ぎの
   おかげで「〜と〜〜が〜〜 」という言い方がすっかり定着してしまいました。

3.共育 <本人+家族+教師>


  共育(養護・訓練)という集いを1月に1回約60分間開いています。お母さんを中心と
 した家族の方々に集まっていただいて、今実施している内容と次の集いまでに行なう
 予定の内容についての説明・実習をします。トーキングトレーナや<まなぶ君>など
 の実技に加えてMacの各種のソフトでの実習を楽しみます。この説明・実習は、今学
 校で何をどのようにどんな場所でどのような雰囲気で勉強しているのかを頭と手で把
 握していただくのと、家族の方々にも楽しさを共に味わっていただくためです。これ
 によって養護・訓練のあった日の記録を見て自分の子どもに家族弁で話しかけが出来
 やすいのではないか、そうあって欲しいと考えています。
  (1) Mac上でのこれまでに実習した主な教材は<キッドピクス><キッズペイント>
   <PlayRoom><KANA>、PDSの<キンギョ>や<NEKO>、その他ワープロ関
   係など数種類のソフ トです。いずれも自分の子どもの作品や「楽しみながらの学
   習」の様子を見てから取り組んでくれました。「--エエ!これうちの子が?ウッ
   ソオやー、ウワーホンマヤーワ(ほんとうだわ)」といったお母さん達からの告
   白ともいえる言葉が聞かれました。それは「自分の子どもは、なにもかも自分よ
   りも劣っているといつの間にか思い込んでいた、なんて申し訳のないことを!」
   という言葉にきかれます。
    このお母さん達の感情は、家族をも変容させることになりました。そして家族
   弁の中で1人ひとりの「ことば」が伸び深まっていくのを確かめることが出来ま
   した。
  (2)コンピュータなんて難しいと言っていた方々が、次の集いには何をやるんだろう
   かと期待して下さるようになり、1人の欠席も無いような状況です。しかし、中
   にはまだ「触ってもいいのかしら」とか、「コンピュータって難しい筈だから」
   という雰囲気でなるべく後ろの方に座って首だけ伸ばしている方も見受けられま
   でよいのではないかと私は思っています。
    大人には当然のことながらこれまでのいろいろの経験・体験が付いているので
   すから、「キカイなんて大嫌い」と感じている人がいるのは当り前かもしれませ
   ん。ところで我が相棒の生徒達はMacを「キカイ」とは感じていない節が感じら
   れます。「コラ、アカンヤンカ」、「ヨシヨシ」、「カシコイ!」などといって
   触ったりしていますから。

おわりに


   「よく聴いて(傾聴)/よく観て(注視)/思いきり表現して」が出来るようになるた
 めに「ことば」を獲得してほしいと考えています。そのためには現在の諸状況の中
 で、可能な限りの手立てをしてみたいという想いですごしています。10余年前、「コ
 ンピュータを見て特殊教育に使えるかもしれない」という思いを多分に持ち続けなが
 らほそぼそながら使っていました。数年前Macintoshと出会って、毎時間のうち、約
 10分間を生徒と共に、そして毎月1回を生徒の家族と共に楽しみながら学びあってい
 ます。「ことば」は家族の中でこそ育つと考え、それを信じている私としましては、
 今後コンピュータの貸出しを計画したいものだと思っているところです。

謝辞


   操作に関して手とり足とりして下さっている兵庫県立武庫川工業高校の石戸宏氏と
 兵庫県立阪神養護学校の兼吉寛明氏、国立特殊教育総合研究所の方々に心からの感謝
 を表します。なお、本稿で引用した市販教材ソフトは、それぞれの開発者の登録商標
 です。

参考文献


  詫間晋平,菅井勝雄(1988). 障害児教育におけるコンピュータ利用. 学習研究社
  鈴木 靜(1993).「ともこ、え!?」. 障害児の授業研究, NO.42.
  鈴木 靜(1992). 共に育つ教育環境のための各種機器の適用.
                       教育とマイコン NEW 11月号.


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